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東京地方裁判所 平成5年(モ)30277号 決定 1993年5月28日

主文

1  本件申請を却下する。

2  申請費用は申請人の負担とする。

理由

1  申請の概要

申請人は、被申請人らに対し、申請書添付の物件目録記載の不動産につき、譲渡担保を原因とする所有権移転登記請求権を有しているのに、被申請人らがこれに協力しないから、仮登記仮処分を求めるというものである。

2  当裁判所の判断

(1)  仮登記原因の疎明の内容及び程度

仮登記仮処分命令は、仮登記権利者の申請による仮登記原因の疎明があったときに発することとされている(不動産登記法三三条一項)。

この仮登記仮処分制度は、登記請求権を保全することを目的とするものであり、民事保全法による処分禁止の仮処分制度と近似したものであるが、処分禁止の仮処分によっては、仮登記を得ることまではできないから、これとは別個の、より強力な制度であるということができる。

このように仮登記仮処分は、処分禁止の仮処分より強力な登記請求権の保全手段として立法されている。しかるに、民事保全手続と異なり、被申請人に発令の前後を通じて主張立証の機会や不服申立ての機会が全く与えられない上、誤った仮登記がされることにより被申請人が被る損害についての担保の制度も用意されていない。このような申請人の一方的な主張立証に基づき被申請人の損害の発生に特段の手当もしないままに強力な命令を発するという仮登記仮処分の特質にかんがみると、不動産登記法三三条一項にいう「疎明」の内容、程度については、①申請人において、登記請求権の発生原因事実を疎明するだけではなく、少なくとも通常予想されるものについては、その障害事実、消滅事実等の抗弁事実の不存在をも疎明する必要があると解すべきであり、かつ、②心証の程度においても、証明に近い高度のものを要すると解するのが相当である。

(2)  本件における疎明の有無

申請人は、平成三年五月一七日、被申請人株式会社イージーキャピタルアンドコンサルタンツ(以下「被申請人ECC」という。)に対する貸金債権を担保するため、被申請人らとの間で譲渡担保契約を締結し、担保不動産についての所有権移転登記手続に必要な書類である権利証、印鑑登録証明書、委任状等の交付を受けたところ、被申請人ECCが、平成四年三月末日限り一〇〇〇億円を弁済する旨申し出たので、同日まで登記手続を留保し、同日までにその弁済がなかった場合には、申請人においていつでも登記手続を行えるものとし、その代わり、被申請人らは、それぞれ三箇月ごとに新しい印鑑登録証明書を再交付して、登記手続に協力する旨約したにもかかわらず、被申請人ECCにおいて期限に一〇〇〇億円の支払をしないばかりか、被申請人らは平成四年五月以降印鑑登録証明書の再交付をしないと主張し、これに沿う疎明資料を提出している。

しかしながら、申請人が所有権移転登記の申請をするに足りる書類を入手しながら一年間もこれをしなかったこと(被申請人ECCが、既に平成三年五月の契約締結時点において、経営危機を招来し、利息の支払を停止したほか、元本の弁済もできない状況に陥っていたことは、申請人が自認するところである。)、特にいつでも登記手続を行い得るとの約束の日であったという平成四年三月末日の経過後も印鑑証明書の有効期限が切れるまで一箇月半以上登記申請をしなかったこと、その後も同年一一月下旬に至るまで仮登記仮処分の申請も処分禁止の仮処分の申立てもしなかったこと(なお、同月下旬、当裁判所に本件と同趣旨の仮登記仮処分の申請がされ、同年一二月一〇日に却下されており、本件は再度の申請である。)を考慮すると、現在に至るも所有権移転登記がされず、平成四年五月以降印鑑登録証明書が交付されなくなったことに関する申請人の主張は、そのような事実が生ずるに至ったことについての一つの説明であることは肯定し得るものの、契約の成否、解約の有無、被担保債権の存否等に関する被申請人に有利な他の合理的理由によりこのような経過をたどっているのではないかとの疑いを否定するには到底足りないというほかはない。そうすると、本件においては、少なくとも登記請求権の障害事実ないしは消滅事実の不存在に関する疎明が十分とはいえない。

(3)  結論

以上によれば、本件申請は理由がないものとして、却下を免れない。

(裁判官 大橋寛明)

別紙 当事者目録<省略>

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